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和歌山地方裁判所 昭和40年(ワ)258号 判決 1968年3月11日

原告

西谷美也子

ほか一名

被告

有田交通株式会社

主文

一、被告は、原告西谷美也子に対し、金五〇〇、〇〇〇円原告西谷忠に対し、金三五四、四〇〇円及びこれらに対する昭和四〇年八月九日から完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

二、原告等のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を原告等、その余を被告の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は、原告西谷美也子に対し、金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告西谷忠に対し、金四〇四、四〇〇円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする、との判決及び仮執行宣言を求め、その請求の原因として、

一、昭和四〇年五月二四日、午後九時過頃、和歌山市美園町和歌山東警察署北寄り十字路に於て、南進中の訴外今西征夫運転の第二種原動機付自転車と、北進中の訴外古田広氏運転の普通乗用自動車とが接触した。

二、このため、右自転車の後部荷台に乗つていた原告西谷美也子は路上に転倒し、六ケ月間の安静加療を要する右股関節脱臼骨折、兼右膝関節挫創、兼後十字靱帯断裂、兼頭蓋内出血の傷害を蒙つた。

三、右事故は、右今西、古田の両名が、相互に、前方に、相手方を視認したのであるから、夫々前方を注視して注意し、対向車との衝突を未然に防止すべきであるのに之を怠り、双方とも漫然と道路中央を進行した過失により生じたものである。

四、1 原告西谷忠は、原告西谷美也子の夫であるが、右事故のため、昭和四〇年五月二五日から同年七月二二日までの間に二五日間休業せざるをえなくなり、日給金二、三〇〇円をえていたから、合計金五七、五〇〇円の得べかりし利益を失つた。

2 原告両名は夫婦であつて、生後二年の幼児をかかえていたが、右事故のため、その世話ができなくなり、昭和四〇年五月二五日から同年七月三一日までの六七日間、他へ預けて世話をしてもらい、このため原告西谷忠は、右六七日間の世話料一日金七〇〇円の割で合計金四六、九〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

3 被告は、裁判前の示談に誠意を示さなかつたので、原告西谷忠は、昭和四〇年七月頃、弁護士中谷鉄也に、本訴提起を委任し、その頃、着手金として金一〇万円を支払い、成功報酬金一〇万円の支払を約束し、同額の損害を蒙つた。

4 原告西谷忠は、原告西谷美也子の夫であるが、妻の右負傷のため、及び妻がびつこ、性交、妊娠不能の身体となつてしまつたため、精神的苦痛を蒙り、右は金一〇〇、〇〇〇円を以て慰藉されるのが相当である。

5 原告西谷美也子は、二二才で生後二才の幼児をかかえているが、右事故のため、びつこ、性交、妊娠不能の身体となつてしまつたため、その精神的苦痛は甚だしく、右は金一、〇〇〇、〇〇〇円を以て慰藉されるのが相当である。

五、被告会社は、タクシーによる乗客輸送を業とするもので、その事業のために右古田をタクシー運転手として雇傭し、右事故は、右古田の業務執行中に生じたものであるから、被告会社は原告等に対し、その蒙つた右損害を賠償する義務がある。

六、そこで、被告に対し、原告西谷忠は、右合計金四〇四、四〇〇円、原告西谷美也子は金一、〇〇〇、〇〇〇及びこれらに対する被告遅滞後の訴状発達の日の翌日の昭和四〇年八月九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

七、被告の抗弁を争う。

と述べ、

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、原告主張事実中、

一、の事実は認める。

二、の事実中、今西の右車に同乗していた原告西谷美也子が右衝突事故に出会つたことは認める。その余は争う。

三、の事実中、右衝突事故につき、今西が前方から直進してくる古田の運転する乗用自動車を、古田が今西の車を各視認したこと、このような場合今西に原告主張の注意義務があり、今西が之を怠り道路をやや中央よりに進行した過失により、右事故が生じたこと、は認める、その余は争う。

四、の事実中、原告西谷忠が原告西谷美也子の夫であることは認める。その余は争う。

五、の事実中、被告会社がタクシーによる乗客輸送を業とするもので、その事業のために右古田をタクシー運転手として雇傭していることは認める。被告が原告に対し、損害賠償義務あることは争う。

被告に損害賠償責任があるとしても、今西は、和歌山県自動車学校の助教をしており、原告西谷美也子は同学校へ夜間教習生として普通免許の運転を習いに行つており、今西より教授をうけていた。原告西谷美也子は同学校からの帰途、同校の送迎用バスで東和歌山の近鉄百貨店前まで送つてもらい、そこから徒歩で帰るのであるが、夜道の女性の一人歩きが危険であるため、時々今西の右車で自宅まで送つてもらうことがあつた。事故当日も原告西谷美也子は同校からの帰途、右百貨店前附近で今西と出会い、それに同乗させてもらつて自宅まで送りとどけてもらう途中に、本件事故に会つたものである。右事故は右のように今西にも過失があつたため発生したものであり、今西の過失は同乗者の原告西谷美也子の過失と同視さるべきものであるから、過失相殺により損害賠償額は減額されるべきである。

被告に損害賠償責任が認められるとしても、原告等は、右今西に対しても、本訴に併合して損害賠償請求訴訟を提起していたが、昭和四二年七月三日、今西に対する訴を取下げ、同人に対する損害賠償請求権を免除ないし放棄した。本件交通事故の態様、過失の度合から被告と今西との負担部分の割合は五割宛とみるのが相当であるから、原告らの今西に対する右免除ないし放棄により、被告は今西の負担部分相当額について損害賠償義務を免れたものである。

と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

原告主張の一、二、三の事実中、一、の事実、二の事実中右今西の車に同乗していた原告西谷美也子が右衝突事故に出会つたこと、三の事実中今西が前方から直進してくる古田の運転する乗用自動車を、古田が今西の車を各視認したこと、このような場合、今西に原告主張の注意義務があり、今西が之を怠り、道路をやや中央よりに進行した過失により右事故が生じたことは争いがなく、〔証拠略〕によると右衝突のため、今西の車の後部荷台にまたがつて同乗していた原告西谷美也子は路上に転倒し、ほぼ原告主張の傷害を蒙つたことが認められ、〔証拠略〕を総合すると、古田は乗用自動車を時速約四五粁で運転して右十字路を南から北進し、前方二〇米余の地点を対向して南進中の今西の車を認めたが、前方を注視し、徐行して、道路左側へ避け、対向車の動静に注意して同車とすれ違い、正面衝突の事故を防止すべき義務を怠り、一旦時速約三〇粁に減速したが、再び加速して直進した過失により右両名の過失が競合して右事故を起したことを認めることができ、一部右認定に反する〔証拠略〕は右証拠に比べて信用できず他に右認定を覆しうる証拠はない。

原告主張の五の事実中、被告会社がタクシーによる乗客輸送を業とするものでその事業のために古田をタクシー運転手として雇傭していることは争いがなく、右事故が、古田が被告会社の業務執行中に起したことは被告に於て、明らかに争わないから自白したものと看做す。

原告主張の四の事実中、原告西谷忠が原告西谷美也子の夫であることは争いがない。

1. 〔証拠略〕によると、原告西谷忠は大工職をしており、和歌山建設労働組合に加入して、同労働協定の日当金二、三〇〇円をえて建築会社で働いていたが、本件事故のため、昭和四〇年五月は七日間、同年六月は九日間、同年七月は九日間、或は妻の看病のため、又は被告会社と事故の賠償等の接渉のため休業せざるをえなくなり、合計金五七、五〇〇円の得べかりし利益を失つたことを認めることができ、〔証拠略〕によると、原告西谷忠は、事故前の昭和四〇年二月には五日、同年三月には四日、同年四月には六日休んではいるがこれを以てこの種の休みが直ちに、右事故後の二五日間の休の中に、含まれるものとも認められず、右認定を覆しうる証拠はない。

2. 〔証拠略〕によると、原被告間に昭和三七年一二月生れの幼児がおり、両名で養育していたが、母親の原告西谷美也子が本件事故により昭和四〇年五月二四日から、同年八月二五日まで入院したため、二才余の右幼児の世話ができなくなり、原告西谷忠は、その兄嫁の所に預つてもらい、昭和四〇年五月は六日、同年六月は三〇日、同年七月は三一日間世話してもらい、一日金七〇〇円の割合の世話料合計金四六九、〇〇円を支払い同額の損害を蒙つたことを認めることができ、之を覆しうる証拠はない。

3. 〔証拠略〕によると原告主張の四、3の事実を認めることができ之を覆しうる証拠はない。

4. 右認定の通り、原告西谷美也子は、本件事故により、前記のような傷害を蒙り、〔証拠略〕によると、原告西谷美也子は昭和一八年生れで、事故当時二二才であり、当時二才の幼児を手許で養育していたこと、事故で強いシヨツクを受け、意識を失い、病院で意識を取戻したが、三週間ほど殆んど全身をギブスで固定されて身動きできず、その後一週間位して、やつとギブスがとれ、その後昭和四〇年八月二五日まで入院し、その後同年一〇月二三日再入院したが、退院後も、右足の十字靱帯という筋肉が切れたままであり、その手術をするには、左足の筋をとつて移植するという成功率六〇%という難手術を要し、悪くすると異常のない左足までもびつこになるおそれがあるという状態で現在は動かなくなつた個所はないが、動かすと下半身が痛むことがあり、長道を歩いたり、階段を上つたりするとびつこが出、しやがんだままでの小回りがきかず、素早い動作がとれないとかの不自由があり、骨盤が割れたため腰が痛み、足がしびれる等し、又貧血を起すこともあり、右事故の後七ケ月程性生活不能となり、妊娠の可能性はあるが、自然分娩できるかどうか不明で、帝王切開を要するかも知れず、又右入院期間中幼児を兄嫁に預けざるをえなくなる等、手許で養育できず、原告西谷美也子は精神的にかなり大きな打撃を受けたことが認められ之を覆しうる証拠はない。右は金五〇万円を以て慰藉されるのが相当である。

5. 右4に認定した事実と原告西谷忠本人尋問の結果(第一回)によると妻の負傷のため夫の西谷忠は妻の容態をかなり心配し、入院中、食事、掃除、洗濯等をしてもらえなかつたことを認めることができ、之を覆しうる証拠はない。原告西谷忠は金五〇、〇〇〇円を以て慰藉されるのが相当である。

被告の過失相殺の主張について考えると、被告主張のような事実が認められるとしても、それは今西と古田、今西と被告会社との間に於てはともかく、今西の過失を以て、原告西谷美也子の過失と同視しうる法律上の根拠も社会通念もないから、過失相殺を入れる余地もなく、被告の右主張は採用できない。

次に被告は、原告等の今西に対する損害賠償請求権の免除又は放棄により、被告は、今西の負担部分相当額である五割について損害賠償義務を免れた旨抗争するところ、原告等は、右今西に対しても、本訴に併合して損害賠償請求訴訟を提起していたところ昭和四二年七月三日、今西に対する右訴を取下げたことは記録上明らかであるが、本件各証拠によつても、今西に対する損害賠償請求権を放棄又は免除したことを認めることができない。仮に今西に対し放棄又は免除が認められるとしても、右認定のように、原告両名に対する権利侵害は今西と古田の夫々の過失による共同不法行為によつて惹起されたもので、共同不法行為者の今西と古田及び被用者の古田と使用者の被告会社とは各不真正連帯債務者となるべきものであり、つまり以上三名は不真正連帯債務者として、原告両名に対し、損害賠償の責に任ずべきであるから、その中の今西に対し、放棄、免除がなされても、被告会社の責任に影響がないと考える。被告の抗弁は採用できない。

そうすると、原告西谷美也子の本訴請求は、被告に対し、慰藉料金五〇万円及び之に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年八月九日から、原告西谷忠の本訴請求は、被告に対し、休業のための損害金五七、五〇〇円、子供世話料金四六、九〇〇円、弁護士の着手金報酬金二〇〇、〇〇〇円、慰藉料五〇、〇〇〇円の合計金三五四、四〇〇円及び之に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年八月九日から、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべく、その余は失当として棄却する。民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 林繁)

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